酸化セリウム(CeO₂)は、レアアース鉱石の精製過程で得られる酸化物ですが、研磨材として使用される酸化セリウムは「レアアース製品」ではなく、レアアース抽出工程で得られる副産物を研磨用途に最適化した工業材料です。CeO₂はSiO₂と化学反応を起こす唯一の研磨材であり、光学ガラス、フォトマスク、半導体CMP、ガラスインターポーザーなどの高精度研磨に不可欠です。
本章では、CeO₂の市場性、結晶構造と反応性、白色と赤色の成分差と発色メカニズム、用途適合性を体系的に説明していきます。

酸化セリウム砥粒(白)

酸化セリウム砥粒(赤)
酸化セリウム(CeO₂:cerium oxide)は蛍石型(Fluorite)構造を持ち、Ce⁴⁺と酸素(O²⁻)が規則的に配置される構造を呈しています。
しかし、実際のCeO₂は完全なCe⁴⁺ではなく、Ce³⁺が一定量存在し、酸素空孔(V₀)が形成されています。酸化セリウムの反応性については後述します。
酸化セリウムはレアアース鉱石の精製過程で得られるため、供給は地政学的影響を受けやすい構造です。
以下は、産地、製造国および国内用途セグメントをまとめました。

図:レアアース原産国

図:酸化セリウムの結晶構造とoxygen vacancy
表:日本国内の用途別消費量

研磨材は、単なる「硬い粒子」ではなく、時代とともに変化する被研磨材(ワーク)の材質・構造・要求特性に適応するために進化してきた機能性材料です。本章では、SiO₂、Al₂O₃、CeO₂の三種類を中心に、研磨材の歴史的変遷と、それぞれが担った役割、克服した技術課題を整理します。
研磨材は1960年代の光学ガラス研磨におけるシリカの均一性重視から、1980年代の大型ガラス向けアルミナへと移行し、1990年代以降はHDD基板やフォトマスク、STI CMPなど高度化する要求に応じて酸化セリウムが中心材料となってきました。2020年代にはガラスインターポーザーの大面積平坦化でもCeO₂が不可欠となり、近年は他研磨材との複合化も進展しています。結果として、酸化セリウムの重要性は時代とともに一貫して増大しています。

化学的軟化と機械作用の両方で研磨が進みます。
MRR=f(chemical softening)+f(mechanical abrasion)
酸化セリウム(CeO₂)は、ガラス(SiO₂)研磨において高い除去率と低欠陥性を示す化学機械研磨材として広く利用されています。その研磨性能は、Ce³⁺/Ce⁴⁺の可逆的価数変化、酸素空孔の形成、そしてSiO₂表面との化学的相互作用に基づいて発現します。CeO₂表面では、以下のような価数変化が常に進行しています。
Ce³⁺⇌Ce⁴⁺+e⁻
Ce⁴⁺はLewis酸として働き、ガラス表面のSi–OH基と配位結合を形成しやすくなります。ガラス表面には以下のような水酸基が存在します。
Si-O-Si+H₂O→Si-OH+HO-Si
このSi–OH基はCeO₂表面のCe³⁺およびCe⁴⁺と反応し、以下のような結合形成が進行します。
Ce³⁺+Si-OH→Ce³⁺-O-Si+H⁺
Ce⁴⁺+Si-OH→Ce⁴⁺-O-Si+H⁺
このCe–O–Si結合の形成は、SiO₂ネットワークの局所的な結合力を弱める効果を持ちます。Si–O–Si結合は強固な共有結合ですが、Ce–O–Si結合が形成されることで周囲のSi–O結合の電子密度が変化し、結合が部分的に伸長・弱体化します。これにより、ガラス表面は「局所的に軟化した状態」となり、機械的作用(パッドとの摩擦、粒子衝突)によって容易に除去されます。さらに、CeO₂は結晶中に酸素空孔を形成しやすい材料です。
CeO₂→CeO₂₋ₓ+xO²⁻
酸素空孔(Vo)は表面における“未結合手”として機能し、Si–OH基との結合をさらに促進します。
Vo+Si-OH→Ce-O-Si+H⁺
酸素空孔はCe³⁺の局所濃度を増加させ、表面電子状態を変化させることで反応性を高めます。Ce³⁺はCe⁴⁺よりも電子供与性が高く、Si–OH基の脱水縮合反応を促進し、Ce–O–Si結合の形成を加速します。
Ce³⁺/Ce⁴⁺比は研磨特性に大きく影響し、Ce³⁺が多い場合は化学反応性が高く、Ce–O–Si結合の形成が促進され高い除去率が得られますが、欠陥発生の可能性が増します。一方、Ce⁴⁺が多い粒子は反応性が低く、除去率は低下するものの表面品質が向上します。用途に応じて両者の比率を最適化することが重要となります。

図:酸化セリウムによる酸化膜研磨メカニズム(概要)

図:Ce³⁺とCe4⁺比と研磨特性の関係
高硬度結晶基板(Al₂O₃、SiC、GaNなど)に対する酸化セリウム(CeO₂)研磨は、ガラス研磨で知られるCe–O–Si結合形成と同一の機構では説明できず、基板表面で生じる化学的・水和的な表面改質と、CeO₂砥粒および研磨パッドによる機械的除去が組み合わさった複合機構として捉えるのが適切です。
SiCやGaNでは、研磨液中の酸化剤や水によって表面に酸化・水和層が形成され、この比較的除去されやすい表面層をCeO₂砥粒と研磨パッドが機械的に除去することで、新たな表面が露出し、再び表面改質と除去が進行すると考えられています。サファイア(Al₂O₃)においても、表面水和層の形成とその除去が研磨に関与すると考えられますが、基板の結晶面や研磨液組成などによって作用は変化します。
CeO₂表面に存在するCe³⁺/Ce⁴⁺、酸素空孔、表面水酸基などは、基板との界面における吸着・酸塩基相互作用や表面反応に影響する可能性があります。一方で、これらの作用が高硬度結晶基板の研磨においてどの程度支配的であるかは、SiO₂系研磨ほど十分に確立されているわけではなく、研究例も限定的です。
また、CeO₂の研磨性能や他砥粒に対する優位性は、CeO₂そのものの化学的特性だけで決まるものではなく、「研磨液の組成、酸化剤・添加剤、砥粒径・粒子形状、凝集状態、砥粒濃度、パッド特性、荷重、速度などの研磨条件に大きく依存します。」 したがって、CeO₂による高硬度結晶基板研磨は、「化学反応」または「機械的微破砕」の単一機構ではなく、基板表面の改質 → 改質層の機械的除去 → 新表面の露出 → 再改質という循環的な複合プロセスとして理解することが適切となります。

酸化セリウム研磨の優位性
*スクラッチ深さ:CeO₂ は Al₂O₃ 比で 20–40%低減
*サブサーフェスダメージ:SiC 研磨で 30–50%低減
*表面粗さ(Ra):CeO₂ 使用時に 0.2–0.5 nm 程度まで到達しやすい
*粒子反応性:Ce³⁺/Ce⁴⁺による弱い表面活性 → 深い損傷を与えにくい
表:酸化セリウム研磨の利用分野

表:MRR・Ra・スクラッチ深さ

酸化セリウム技術は、研磨材用途から高機能材料への転換期にあります。Ce³⁺/Ce⁴⁺の可逆性と酸素空孔制御を活かした反応設計が進み、ナノ粒子化・ドープ技術・結晶面制御が主要トレンドです。特に日本では半導体CMP用高純度CeO₂スラリーの研究開発が加速しており、環境・エネルギー・医療分野への応用拡大が世界的に進行しています。
表:酸化セリウム研磨剤(CMP・光学)分野 年代別技術推移

酸化セリウム(CeO₂)は、ガラス・光学材料の研磨をはじめ、CMPなど幅広い用途で使用されている代表的な酸化物研磨材です。外観からは「白色酸化セリウム」と「赤色酸化セリウム」に大別されますが、その違いは単純なCeO₂純度だけではありません。
希土類元素の組成、Pr(プラセオジム)の含有状態、酸素空孔、結晶構造、さらに粉体の製造・分級条件などが複合的に関係しています。
白色酸化セリウムは、CeO₂を主成分とし、Prの含有量が比較的少ない酸化セリウムです。高純度品ではCeO₂ 99%以上のグレードもありますが、ガラス・光学ガラス用の研磨材では、CeO₂以外にランタン(La)やネオジム(Nd)などの希土類元素を含むグレードも一般的です。
そのため、ガラス研磨用酸化セリウムでは、単純な「CeO₂純度」だけではなく、TREO(Total Rare Earth Oxide:総希土類酸化物)に対するCeO₂含有率で組成を表示する場合があります。
ランタンは、主として酸化ランタン(La₂O₃)として存在する場合があります。また、フッ素(F)を含む処方では、フッ化ランタン(LaF₃)やフッ化酸化ランタン(LaOF)などの形態で存在する場合があります。
例えば、酸化ランタンがフッ素と反応すると、一般的には次のように表すことができます。
La₂O₃ + 6HF → 2LaF₃ + 3H₂O
さらに、焼成条件によっては、LaF₃とLa₂O₃の反応によりLaOFが形成される場合があります。
LaF₃ + La₂O₃ → 3LaOF
したがって、同じ「白色酸化セリウム」であっても、CeO₂、La₂O₃、LaF₃、LaOF、Nd₂O₃などの組成や存在状態は、メーカーやグレードによって異なります。
赤色酸化セリウムは、CeO₂結晶中にプラセオジム(Pr)が固溶したタイプが代表的です。組成は概念的に、Ce₁₋ₓPrₓO₂₋δ と表すことができます。
ここで、PrはCe⁴⁺サイトを置換するとともに、Pr³⁺/Pr⁴⁺の複数の価数状態を取り得ます。また、電荷補償に伴って酸素空孔が形成されるため、Prの固溶はCeO₂の結晶欠陥構造や電子状態にも影響を与えます。
例えば、Pr³⁺がCe⁴⁺サイトを置換する場合には、電荷補償のために酸素空孔が生成することがあります。
2Pr³⁺ + 3O²⁻ → 2Ce⁴⁺サイトへの置換 + 酸素空孔
このようなPrの価数変化と酸素空孔の存在が、Pr添加CeO₂の電子状態を変化させます。
CeO₂は蛍石型構造を持つ酸化物であり、電子状態は大きく見ると、**O 2p軌道を主体とする価電子帯(VB)**と、**Ce 4f軌道を主体とする伝導帯(CB)**によって特徴付けられます。純粋なCeO₂では比較的大きなバンドギャップを持つため、可視光の吸収は限定的です。
一方、PrがCeO₂中に固溶すると、Pr 4fに由来する電子準位がCeO₂のバンドギャップ内に形成されます。
概念的には、O 2p(価電子帯) → Pr 4f由来準位
あるいは、Pr 4f由来準位 → Ce 4f(伝導帯)
などの電子遷移が可能となり、CeO₂本来のバンドギャップより低いエネルギー領域、すなわち可視光領域での吸収が増加します。その結果、可視光の一部が吸収され、透過・反射して残った光が赤色~赤褐色として観察されます。
したがって、赤色酸化セリウムの発色は、「Pr元素そのものが赤色だから」ではなく、Prの固溶によってCeO₂の電子状態が変化し、可視光吸収が生じるためと考えるのが適切です。
さらに、Pr³⁺/Pr⁴⁺比、酸素空孔濃度、Pr固溶量、焼成条件などによって電子状態と光吸収特性が変化するため、同じPr含有酸化セリウムでも色調や濃さが異なる場合があります。
酸化セリウム研磨材の性能は、白色・赤色という外観だけで決まるものではありません。
実際の研磨性能には、
•CeO₂、La₂O₃、Nd₂O₃、Pr酸化物などの化学組成
•Pr³⁺/Pr⁴⁺などの価数状態
•酸素空孔などの結晶欠陥
•結晶性・結晶子径
•一次粒子径および凝集状態
•粒度分布、特に粗大粒子量
•表面状態・表面電荷
•焼成条件
•粉砕・分級条件
•分散性
などが複合的に影響します。
特にガラスや光学材料の研磨では、微細な粒度分布と粗大粒子の管理がスクラッチや欠陥密度に直結するため、「CeO₂純度が高い=必ず研磨性能が高い」とは限りません。
逆に、CeO₂含有率が比較的低い材料であっても、組成設計、結晶性、粒度分布、表面特性などが適切に制御されていれば、特定の研磨用途で優れた性能を示す場合があります。
酸化セリウムには、鉱石由来の原料を単純に粉砕したものから、化学精製、沈殿、焼成、粉砕、分級などを組み合わせて製造した高性能な研磨材まで、さまざまな製法・品質レベルがあります。特に研磨用途では、粗大粒子の除去、粒度分布の制御、Naなどの不純物管理、分散性の確保が重要です。
したがって、酸化セリウムの品質を評価する際には、「中国製」「日本製」といった原産国や、単純なCeO₂純度だけで判断するのではなく、化学組成・結晶構造・電子状態・粒度分布・粗大粒子量・表面特性・実際の研磨特性を総合的に評価することが重要です。白色と赤色という外観の違いは、その材料が持つ組成と電子状態の違いを示す一つの指標ではありますが、研磨材としての優劣を直接示すものではありません。
※ランタン(La)とネオジム(Nd)は2026年8月1日現在、中国の輸出規制対象外です。

図:酸化セリウム(白赤)の違い

図:Pr添加量によるCeO₂の反射スペクトルと外観色の変化
UV-VIS分光測定により、PrドーピングがCeO₂の光学特性に及ぼす影響を評価しました。未ドープCeO₂では、可視光領域の吸収は小さく、主に紫外領域でO 2p軌道からCe 4f軌道への電荷移動による強い吸収が確認されます。一方、Prを添加すると400~840 nm付近の可視光吸収が増加し、Pr濃度の増加に伴ってその傾向が強くなります。これは、Pr³⁺の固溶によってCeO₂の電子状態が変化し、光学バンドギャップが低下するためと考えられます。この可視光吸収の増加に対応して、粉末の色も明るいクリーム色からブリックレッド、濃褐色へ変化します。
出典:Xu et al., “Solvothermal Synthesis, Structural Characterization and Optical Properties of Pr-Doped CeO₂ and Their Degradation for Acid Orange 7,” Materials, 2022, 15, 6953, Figure 7.
赤色系と白色系スラリーの用途差は、化学反応性・分散性・純度要求などに基づいて整理できますが、実際の現場ではさらに多くの要因を総合的に評価して選定されています。企業や工場では、赤色と白色の両方を比較し、取り扱いやすさ(沈降しやすさ、粘度、設備適合性)、コスト(原料純度・製造プロセス)、研磨性能(MRR、Ra、欠陥密度)、パッドとの親和性(硬度・表面エネルギー)などを総合的に判断します。そのため、最終的な採用色は用途だけでなく、各社の工程設計や品質要求に応じて最適化され、企業ごとに異なる選択が行われています。
表:白系・赤系の使い分け例

酸化セリウムの輸入状況を確認したところ、白色系と赤色系の両方が従来から流通しているにもかかわらず、現在の通関処理には差が生じています。白色系のCeO₂は研磨材として長年取引されており、現在も従来と同程度の日数で輸入できていると報告されています。一方、赤色系のCeO₂₋ₓは規制対象物質となるプラセオジムが含まれています。そのため、手続きに時間を要する事例が見られ、結果として輸入リードタイムが延びるケースが発生しています。

3-1 光学ガラス研磨
赤色系が好まれる(Ce³⁺が多く反応性が高い)。 スクラッチが少なく、球面研磨で特に有利。
3-2 フォトマスク研磨
白色〜淡黄色が多い。 高純度・分散安定性が重要で、粒子径は20〜80 nmが主流。
3-3 STI CMP(選択性の式+node別要求値)
Si₃N₄が削れない理由
Si-N bond energy≈470 kJ/mol
Si-O bond energy≈370 kJ/mol
Si–N結合が強いため、CeO₂と反応しません。
STIプロセスの流れと、CeO₂スラリーがSiO₂のみを選択的に除去し、Si₃N₄を削らない「ストップ・オン・SiN」機能を示す図。
STI平坦化の要点を説明する。

図:CeO2の選択制

表:STI CMP 選択性(node別)適用例
研磨材は、化学反応性・硬度・粒子形状・分散性などが異なるため、用途によって明確に使い分けられています。
酸化セリウムは化学反応性と機械作用が同時に働くため、高精度研磨で高い性能を示します。 シリカは均一性と安定性が求められる用途に向きます。 アルミナは硬度が高く、粗研磨に適しています。
以下、研磨材の比較表

砥粒・スラリーの性能は、粒子径だけでは決まりません。 粒度分布、分散安定性、電子状態、凝集性、粘度、pH、MRR、欠陥密度など、多数の指標を総合的に評価します。
表:性能評価項目例


(参考1)粉末スラリーと完成スラリーの粒度分布の違いを示す図を示します。粉末は粗大粒子を含む広い分布、完成スラリーは狭い分布で粗大粒子が除去されていることを視覚的に示します。

(参考2)Zeta電位が粒子の分散安定性に与える影響を示す図を示します。pHによるZeta電位の変化と、凝集しやすい領域・安定領域を示し、スラリー設計における重要性を事項となります。
用途ごとに求められる性能が異なるため、どの性能を優先するかを明確にする必要があります。

表:用途別に確認すべき性能例

(参考)粗大粒子がパッドと被研磨面の間に挟まることでスクラッチが発生する仕組みを示す図です。粗大粒子が線状欠陥を引き起こすプロセスを視覚的に表現しています。
製品設計で最適化すべきポイント
研磨スラリーの性能は、単純に「研磨速度が高い」「粒子が細かい」といった単一の指標では決まりません。研磨材の粒度・結晶性・表面状態に加え、pH、分散剤、酸化剤、研磨対象との化学反応、さらには研磨装置を構成する材料までが相互に影響します。
したがって、生産技術者が製品設計で重視すべきなのは、「粒子を安定に分散させながら、必要な化学反応だけを発生させ、所望のMRRと欠陥密度を同時に実現すること」です。
研磨材では、D50やD90などの代表粒径だけでなく、粒度分布の幅と粗大粒子の存在量が重要です。平均粒径を小さくするだけでは十分ではなく、粗大粒子や凝集粒子が残存すると、局所的な接触応力が増加し、スクラッチやパーティクルなどの欠陥につながる可能性があります。
一方、過度に微細化するとMRRが低下する場合があるため、研磨速度と欠陥密度のバランスを考慮した粒度分布設計が必要です。
Zeta電位は、研磨材粒子の分散状態を理解するうえで重要な指標です。しかし、「Zeta電位が高ければ必ず分散が安定する」と単純に判断することはできません。まず、研磨材そのもののZeta電位をpHに対して測定し、等電点(IEP)や表面電荷の変化を把握します。そのうえで、研磨対象材料との反応性、スラリーのイオン強度、粒子径、比重などを考慮してpHを設定します。
さらに、Zeta電位だけでは沈降を完全に説明できません。粒子径や比重が大きい場合には、静電的反発だけでは沈降を十分に抑制できないため、分散剤を使用する場合があります。
ここで重要なのは、分散剤を添加すると粒子表面の界面状態が変化し、添加前と添加後ではZeta電位も変化する可能性があることです。そのため、「原料粉末のZeta電位」だけではなく、実際に使用する完成スラリー状態でのZeta電位・粒径・沈降挙動を評価する必要があります。
また、分散剤は単に沈降を抑えればよいわけではありません。研磨対象表面への吸着や化学反応を阻害すると、MRRや選択比に影響する可能性があります。
したがって、pH、Zeta電位、分散剤濃度、粒度分布、沈降性を同時に最適化することが、スラリー設計における重要なノウハウになります。
研磨スラリーでは、研磨材だけでなく、研磨対象材料そのものがスラリー組成を変化させる場合があります。例えば、AlNでは研磨中の表面反応や加水分解に伴って窒素を含む反応生成物が生じ、条件によってはアンモニア(NH₃)の発生につながる可能性があります。
また、LiTaO₃(タンタル酸リチウム)では、研磨中にLi成分が溶出することでスラリーのpHが変化し、研磨挙動そのものに影響を与える可能性があります。このように、研磨開始時のスラリー特性だけを見るのではなく、「研磨中にスラリーの化学状態がどのように変化するか」まで評価することが重要です。
CeO₂では、Ce⁴⁺だけでなくCe³⁺および酸素空孔が存在し得ます。Ce³⁺/Ce⁴⁺比は、粒子表面の酸化還元状態や化学反応性に関係するため、用途に応じた最適化が必要です。ただし、「光学用途はCe³⁺が高い、STI用途は低い」と一律に規定するのは適切ではありません。実際には、研磨対象、pH、酸化剤、分散剤、粒子径、結晶性などとの組み合わせによって最適条件が変化します。そのため、Ce³⁺/Ce⁴⁺比を単独の管理値とするのではなく、MRR、表面粗さ、スクラッチ、欠陥密度、選択比などとの相関から最適値を決定することが重要です。
高いMaterial Removal Rate(MRR)は生産性向上につながりますが、MRRを過度に高めると、スクラッチ、ピット、パーティクルなどの欠陥が増加する場合があります。MRRは、粒径、粒度分布、粒子濃度、パッド、荷重、回転速度、pH、酸化還元状態など、多くの因子によって決まります。したがって、製品設計では「最大MRR」を目指すのではなく、MRR × 表面品質 × 欠陥密度 × 選択比を同時に満足するプロセスウィンドウを設定することが重要です。
完成スラリーでは、製造直後の性能だけでなく、保管中の粒子凝集、沈降、粘度変化、pH変化、分散剤の状態変化などを評価する必要があります。特に、凝集によって見かけ上の粒径が増大すると、研磨性能だけでなくスクラッチや欠陥密度にも影響します。そのため、D50・D90だけでなく、経時的な粗大粒子数、粒径分布、Zeta電位、粘度、沈降性を追跡することが重要です。
さらに高度なスラリー設計では、研磨対象だけでなく、研磨装置そのものを構成する材料との反応も考慮する必要があります。例えば、FeやCuなどの金属成分は、過酸化水素(H₂O₂)などの酸化剤が存在する環境では触媒的に作用し、ラジカル生成などを介してスラリー中の化学反応を変化させる可能性があります。そのため、酸化剤を含むスラリーでは、配管、バルブ、ポンプ、治具などに使用される材料がスラリー組成に与える影響についても注意が必要です。これは、スラリー単体の評価では見つけにくい**「装置-スラリー-研磨対象」の相互作用**であり、量産プロセスでは重要な管理項目となります。
酸化セリウム(CeO₂)は、単に「硬い粒子を用いて材料を削る研磨材」ではありません。特にSiO₂系材料に対しては、Ce³⁺/Ce⁴⁺の価数状態や酸素空孔、表面水酸基などに起因する化学的相互作用と、砥粒・研磨パッドによる機械的作用が組み合わさることで、高い研磨性能を発現します。高硬度のSiC、GaN、Al₂O₃などでは、ガラス研磨と同一の反応機構ではなく、基板表面の改質と機械的除去が繰り返される複合的なプロセスとして理解することが重要です。
また、酸化セリウムの性能は、CeO₂純度や白色・赤色といった外観だけでは判断できません。Ce³⁺/Ce⁴⁺比、酸素空孔、結晶性、一次粒子径、粒度分布、粗大粒子量、表面状態、分散性など、多くの因子が相互に作用します。さらに実際のスラリーでは、pH、分散剤、酸化剤、研磨対象からの溶出成分、装置材料との相互作用まで含めて評価する必要があります。
したがって、これからのCeO₂スラリー設計では、「高いMRR」や「微細な粒子」といった単一性能を追求するのではなく、MRR・表面品質・欠陥密度・選択比・長期安定性を同時に満足するプロセスウィンドウを構築することが重要になります。
編集後記
本資料は、酸化セリウムという一つの研磨材を入口として、その結晶構造、化学的性質、研磨メカニズム、色の違い、用途、スラリー設計、生産技術までを一つの流れとして整理したものです。
調査を進める中で改めて感じたのは、CeO₂は非常に身近な研磨材でありながら、その性能を決める要因は想像以上に多く、材料単体だけでは語り切れないということです。特に「粒子特性 → 分散状態 → 化学反応 → 研磨対象 → 装置材料 → 研磨結果」という一連の相互作用を理解することが、安定した高精度研磨につながると考えています。
本資料は、筆者自身の向学と理解深化を目的として調査・整理したものです。今後も実際の研磨データや現場での知見を加えながら内容を更新し、酸化セリウムを扱う技術者の皆様にとって、少しでも参考となる資料に育てていきたいと考えています。内容について専門的なご指摘や修正すべき点がございましたら、ぜひご教示いただけますと幸いです。
2026年8月19日
ロングテック株式会社
【改訂履歴】 2026年9月17日 2.7 赤色供給リスクを一部更新
